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鳥取地方裁判所 昭和61年(ワ)88号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 植田勝博

同 木村達也

同 村上正己

被告 鳥取中央青果 株式会社

右代表者代表取締役 市場幹雄

右訴訟代理人弁護士 前田修

主文

一  被告は原告に対し、金五〇八万〇六四六円及びこれに対する昭和六一年一一月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決及び第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六〇年一月一〇日鳥取地方裁判所に対し、自己破産の申立をなし、昭和六〇年(フ)第一号破産事件として受理され、同年八月二一日午前一〇時破産宣告がなされ、同時に破産廃止の決定を受け、右決定は確定した。

2  そこで、原告は昭和六〇年八月二八日、同裁判所に対し免責の申立をなし、昭和六一年七月四日免責する旨の決定を受け、同決定は同年八月八日の経過により確定した。

3  被告から原告に対する鳥取地方裁判所昭和五九年(ワ)第一七四号売掛代金請求事件につき、被告勝訴の仮執行宣言付判決(原告をして被告に対し、保証債務金四六七万二〇六五円及びこれに対する昭和五九年一二月四日から完済まで年六分の割合による金員の支払を命じたもの)が昭和六〇年七月二六日言渡され、同判決は同年八月一一日確定した。

4  被告は、前記3の債務名義に基づき、昭和六一年四月五日同裁判所に対し、原告を債務者、訴外大正海上火災保険株式会社(以下「大正海上」という。)及び訴外大下隆をそれぞれ第三債務者として、大正海上に対する損害賠償保険請求権及び大下隆に対する損害賠償請求権(大下隆が昭和六〇年一二月二〇日午後九時三五分ころ鳥取県八頭郡河原町内において自己所有の自動車を運転中、過失により自車を原告の妻花子に衝突させ、同女を死亡させた交通事故によるもの)に対する各差押命令を申請し、昭和六一年四月七日、同旨の差押命令が発せられたが、原告は右差押命令に対し執行抗告をしたものの同年五月一九日これを棄却され、さらに右決定を不服として同年同月二六日最高裁判所に対し特別抗告を申立てたもののこれも棄却された。

5  右債権差押命令を受けた第三債務者大下隆は、民事執行法一五六条一項に基づき、差押に係る金銭債権の全額に相当する金銭を執行供託し、その事情を執行裁判所である鳥取地方裁判所に届け出たので、同裁判所は弁済金交付のための期日を昭和六一年七月一六日午前一〇時と指定し、その旨原告に通知した。

6  そこで原告は、本訴を提起するのと同時に右差押命令に対し強制執行停止決定の申立をなしたが、これは却下された。

ひきつづき、原告は、右弁済金交付手続に対し執行異議の申立をしたが、これも却下されるに至り、結局被告に対し前記弁済金交付期日である昭和六一年七月一六日前記供託金五〇八万〇六四六円が交付された。

7  法律上の主張

破産手続中、破産債権による強制執行その他個別権利行使は禁止されており(破産法一六条)、この趣旨に従い訴訟は中断し(民訴法二一四条)、強制執行は失効する(破産法七〇条)。そして、免責を受けた破産者は破産手続による配当を除き破産債権者に対する債務の全部につきその責任を免れるとされている(同法三六六条の一二)が、これは前記の個別債権行使を禁止する規定を受けて、免責手続においても破産者の財産に対する個別執行を禁止したものである。そうだとすれば、被告の前記強制執行は許されるべきものではなく、これによって配当を受けた金銭は不当利得として原告に返還されるべきである。

よって、原告は被告に対し、不当利得金五〇八万〇六四六円及びこれに対する本件訴の変更申立書送達の日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし6の事実は認めるが、同7は争う。

破産手続は同時廃止決定の確定により廃止の効力が生じるので、これ以降免責決定確定までの間、破産債権者は強制執行を適法に行うことができるのは明らかで、原告の主張は失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし6の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで破産宣告、同時破産廃止から免責確定までの間に行われた強制執行により被告が受領した金銭が不当利得となるか否かについて判断する。

免責決定が確定し、その効力が生ずると破産者は当該破産手続による配当を除いて破産手続終了後破産債権者に対する債務につき原則として全面的に責任を免れることとなる(破産法三六六条ノ一二)。同時破産廃止の場合は、破産手続による配当こそないわけであるが、破産宣告を受けた債務者は免責により破産宣告前の債務につき責任を免れることに変わりはない。

このようないわゆる免責制度は、誠実な破産者を経済的に更生させ、人間に値する生活を営む権利を保障すること、さらにもし免責を認めないとすれば債務者が資産状態の悪化を隠し最悪の事態に発展し、かえって債権者を害する結果となる場合も少なくないのでそのような事態を避けることをその目的とし、公共の福祉のために憲法上許された必要かつ合理的な財産権の制限として採用された制度である(最高裁昭和三六年一二月一三日決定)。したがって、右の制度目的ことに誠実な破産者を経済的に更生させる点に鑑みれば、債権者が、破産宣告、同時破産廃止の確定から免責決定確定までの間に、破産宣告前の債権について個別的強制執行によりその権利を実行した場合、免責手続中であることを理由にその強制執行が直ちに許されないとは言えないものの、後に免責決定がなされこれが確定すれば、右の強制執行による権利の実行は無効となりその強制執行により受領したものは不当利得となると解するのが妥当である。

そうすると、被告が原告に対する破産宣告前の保証債務金につき強制執行により回収した金五〇八万〇六四六円は不当利得となり、被告は原告に対しこれを返還しなければならない。

三  本件訴の変更申立書が昭和六一年一一月一四日被告に送達されたことは記録上明らかである。

四  よって原告の本訴請求は全部理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 能勢顯男)

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